武富健治
昭和45年8月21日生れ(しし座)
 
   
   
趣味
国内旅行、写真撮影(最近はデジカム)、プラモデル作り、映画(ビデオ・DVD他含む)鑑賞 小説書き 他
影響を受けた漫画家
手塚、白土、萩尾、永島、守美、零士、楳図 他多数
好きな映画作家
熊井啓、ダリオ・アルジェント
好きなアニメ作家
駿、富野、出崎、高畑 他
好きな小説家
トーマス・マン、チェーホフ、森鴎外、志賀直哉、川端康成、横光利一、岸田国士、ドストエーフスキイ モーリアック他
   
   
 
幼少時から売れっ子漫画家を目指し、オリジナル漫画を描き続けるが、少年期に白土三平、永島慎二などの作品を知り、次第に文芸路線に作風が変化。しばらくはメジャー少年漫画も並行して描くが、大学入学後初めて持ち込んだ少年漫画作品がたたかれ自信を喪失。当時、ドストエフスキーや志賀直哉など、純文学に傾倒した影響もあり、文芸漫画への熱意が高まる。 19歳で描いた「面食いショウの孤独」が講談社アフタヌーン誌の四季賞で準入選(掲載はなし)となるが、その後新作コンテが通らず業を煮やして完成させるがやはり掲載とならず小学館に投稿。 「康子」がビッグコミック賞の佳作に入賞(これも掲載はなし)。以後大島氏の担当で修行。しかしやはりコンテが通らず何作品化を無断で完成させ賞に応募するが、「カフェで」が二次審査落ち、そして今でも自作の最高傑作と自認する「掃除当番」は一次審査落ちし、気力を失う。しばらく教育実習や卒業論文など学業に専念。 この頃から同人活動を本格的に開始。個人サークル胡蝶社を旗揚げしコミケット、コミティアなどに参加。文芸同人誌ぴろうに参加、「M」「J」などの異色作を描く。「蟲愛づる姫君」を自費出版。しかし同人誌の世界でも成功が見えず倦み疲れる。 再び小学館に戻るが、大島氏がちゃお誌に移っており、氏の選択でスペリオール誌の薗田氏が担当に。1年かけて修正を重ね、「屋根の上の魔女」で念願のデビュー(小学館漫画大賞青年漫画佳作入賞)。 その後高田靖彦氏のアシスタントを務めながら1年に1度のペースでビッグコミック新人増刊号に「ポケットにナイフ」「シャイ子と本の虫」を発表。平行して江露巣主人名義で成年作品を発表、ワニマガジン社のホラー漫画誌に数編を発表。福音館おおきなポケット誌で絵本作家による付録漫画「キチキチ町の雪だるま」の製作に絵コンテ名義で参加。 2002年5月、「まんぼう」で2年ぶりに商業誌復活を果たすが、再び沈黙、8月より充電期間に突入。03年2月に、後輩の同人誌に掌編「右馬之佐東行日記」を寄稿。 2003年5月より木戸佑兒氏主宰の劇団東京(n-1)に美術担当で参加。8月より出演も決定。9月に仮公演、12月にハイナーミュラーザワールドの一環として『画の描写』本公演に出演。 *演劇関係の詳細は、『画の描写』ページへ 演劇活動を継続しつつ、久しぶりの長編漫画『贖罪』の企画を始める。 2004年夏より、漫画活動の本格的復帰を目指し活動開始 2005年春、漫画活動本格復帰。 原作付の単発の仕事を精力的に始める 竹書房のコンビニ用オムニバスホラー漫画(『現役医師の語る病院の怪談』 他)や漫画実話ナックルズに多く参加。 2005年5~6月『鈴木先生』前後篇が漫画アクションに掲載。